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【感想・ネタバレ】「名前探しの放課後」辻村深月|キーワードは時間

辻村深月さん「名前探しの放課後」の感想です!
ネタバレ含みますので、未読の方はご注意ください。

「名前探しの放課後」内容

【あらすじ】
依田いつかが最初に感じた違和感は撤去されたはずの看板だった。「俺、もしかして過去に戻された?」動揺する中で浮かぶ1つの記憶。いつかは高校のクラスメートの坂崎あすなに相談を持ちかける。「今から俺たちの同級生が自殺する。でもそれが誰なのか思い出せないんだ」2人はその「誰か」を探し始める。

Amazon.co.jp「名前探しの放課後」

物語は、主人公の「依田いつか」が自身のタイムスリップを感じ取るところから始まります。

携帯に表示された日付は10月11日。
いつかの記憶では3ヵ月前の日付でした。

そしてこの3ヵ月で、いつかの周りでは1つの事件が起きています。

それは、1人のクラスメートが自殺すること

今なら阻止できるけれど、肝心の自殺者が誰だったのか思い出せない。

いつかはクラスメートの「坂崎あすな」を巻き込み、自殺者を探して自殺を防ぐ「放課後の名前探し」を始めます。

「名前探しの放課後」感想(ネタバレあり)

おすすめ度:★★★★★

いやー、これは本当にすごい。仕掛けに仕掛けを重ねてくる。

正直、自殺者が河野ではないことは、自分は途中から気づきました。

でも、それをさらに上回るラストが待っているんですよね(笑)

自殺者が河野じゃないと確信したのは、下巻で「グリル・さか咲」でクリスマスパーティーをするシーン。

「ただでさえ、僕はみんなより重労働なんだから」
「見られたのは僕のミスだったけど、そう聞くと悪い気はしないね」
「最初はさ、やだったんだ。正直、こんな役回りはなしだろうって思った。」

「名前探しの放課後」本文より

いつかと河野が話しているシーンでの河野のセリフですが、明らかに“自殺者を演じている”ことが読み取れますよね。

下巻の冒頭で、河野の父が陶芸家であり、作品のためにこの土地に来たと記されているのもヒントになっている気がします。(河野の遺書の内容と異なる)

河野が自殺者じゃないとすると、“本当の自殺者”は誰なのか。

さらに、いつかも自身の発言を気にするような場面が時折見られます。

「昨日の夜、何度も、それこそ何十回と繰り返したシミュレーション」
「予想していた質問だったけど身構える。なるべく間を空けないように気遣いながら、いつかは答えた。」
「真剣に疑われているわけではないと知りながら、それでも声に力が入る。」

「名前探しの放課後」本文より

いつかもまた、本当は誰が自殺するかを覚えているのではないか…?

そこまで行き着くと、誰が自殺者なのかが薄々見えてきますよね。

いくら「タイムスリップに詳しそうだから」といって、ほとんど会話をしたことのないあすなに、いつかが最初にこの話を持ちかけるのには若干違和感があります。

普通なら、もっと気心の知れた人に相談するのでは。
(その後、すぐに秀人に相談していますしね)

結論、いつかの3ヵ月後の記憶で自殺をするのはあすなでした。

つまり、いつかはあすなに最初に声をかけた時点で、彼女が自殺を考えていないか様子を見たかった。

最初の方であすな以外のメンバーが音楽室で集まっていること(普通なら話を知っているあすなも呼ぶはず)、物語が進むに連れてだんだんとあすなからの視点が増えてくるのもヒントになっているように思えます。

密かに行われていた“その日”の準備

いつかの記憶にある“自殺者”はあすなで、自殺の理由は“祖父の死に目に立ち会えなかったこと”でした。

作中でも何度か、バスが1時間に3本程度の運行だったり、1本逃したら次の電車が30分後だったりと、あすなが住んでいる不二芳と高校までは時間がかかる描写があります。

そして、あすなにバレないように、時間ごとの不二芳から高校までの最短ルートを調べるいつかたちの様子も描かれていますね。

・消防車に乗れるかの確認

・制服姿で校門前をダッシュする友春とタイムを計る秀人

・プールに時刻表を持ち込む河野

(鉛筆が挟まっていたのでノートにまとめていた?)

・12月の3週目までにバイクの免許をとるいつか

(いつかの記憶であすなの祖父が亡くなった時期)

・腕時計の時刻表示を毎回確かめるいつか

・藤見高校からタクシーで「グリル・さか咲」まで向かう松永郁也

いつかはタイムスリップをしていなかった

エピローグで明かされる、この物語の最大の仕掛け。

実際、いつかはタイムスリップはしていませんでした。

後ほど他作品との関連も紹介しますが、先に記載しておくと「長尾秀人」は「ぼくのメジャースプーン」の主人公「ぼく」と同一人物です。

秀人(ぼく)は不思議な声の力を持っていて、いつかがタイムスリップだと思っていたのは、秀人(ぼく)の条件ゲーム提示能力

「たとえばさ。今から三ヵ月後、自分が本当に気になってる女の子が死ぬって仮定してみてよ。そうしたら、自然と誰か思い当たらない?そういうのがないなら、いつかくんの人生はすごく寂しいよ。」

「名前探しの放課後」本文より

秀人にそう言われたいつかは「人生が寂しくなる」のを恐れ、「3ヵ月後に死んでしまう本当に気になってる女の子を思い浮かべた」んですね。

結果、いつかが思い浮かべたのはあすなで、いつかはそれを「自身が持つ3ヵ月後の記憶」として捉えてしまった。

秀人はいつかに相談された時点で自分がやってしまったことに気づいたようですが、騙されたフリをしていつかに協力したということですね。

そのあたりの秀人の心情は、エピローグで明かされています。

当事者のいつかはもちろん、あすなや、椿や天木も、秀人が原因をつくったことは知らないわけで…

結局、真実を知っていたのは秀人1人ってことなんですね(笑)

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【感想】「ぼくのメジャースプーン」辻村深月(ネタバレあり)

本作はあすなの物語であり、いつかの物語でもある

下巻で、あすなは水泳やピアノなど自分が苦手なものに取り組んでいきます。

見ているとあすなの成長物語のようにも思えるんですが、一方でいつかの成長物語でもあるんですよね。

タイムスリップ(秀人に力を使われる)前、いつかは恋人をつくってはすぐに別れ、ケガを機に辞めてしまった水泳にも戻らない、何かに夢中になることのない生活を送っていました。

秀人の言葉を借りれば、“寂しい人生”ですね。

それが、あすなたちの関わりによって徐々に変わっていきます。

エピローグでは、いつかがプールに通っていることが匂わされているし、おそらく、あすなとも良い関係になっていくのでは…?

個人的には、いつかとあすなのその後が気になります(笑)

「名前探しの放課後」他作品とのリンク

「名前探しの放課後」の内容や登場人物は、以下の作品とリンクしています。

「名前探しの放課後」とリンクしている作品

・ぼくのメジャースプーン

・凍りのくじら

・スロウハイツの神様

「ぼくのメジャースプーン」とのリンク

「ぼくのメジャースプーン」は、「名前探しの放課後」の6年前の物語です。

・「ぼくのメジャースプーン」の登場人物たちが本作にも登場
「名前探しの放課後」の登場人物は、それぞれ以下の名前で登場しています。

長尾秀人 →ぼく

椿史緒 →ふみちゃん

天木敬 →タカシ

小瀬友春 →トモ

豊口綾乃 →あーちゃん

ぼく」=「長尾秀人」は、
・昔、友春と殴り合いレベルの大喧嘩をしたことがある
・椿のピアノの発表会に昔から行っている
・小学校時代に総合病院に長期にわたって入院していた
あたりから推測できますね。

椿もラストまで下の名前が出てこないんですが、
・昔からたくさんの習い事をしている(習字、ピアノ、短歌)
・ペンケースに古びたキーホルダー(メジャースプーン)がついている
・いつかにどうして自分の話を信じたのか聞かれたとき「オオカミ少年」の話を持ち出して答える(本の世界と現実を結びつけて考える)
あたりから、ふみちゃんだと分かるかな。

敬、友春、綾乃は名前から推測できますよね。

また、河野くんの行方を探しているときに秀人が会っていた「白髪まじりの男性」。
エピローグで「師匠」と話しているので、おそらくこの男性は「秋山一樹教授」ですね。

秋山先生はテレビでコメンテーターなども務めているので、あすなが「見覚えがある気がする」と思ったのにも納得です。

・友春と椿が話すシーンがない
実は、作中で友春と椿が会話をするシーンはありません。
これは、「ぼくのメジャースプーン」で「ぼく」が友春にかけた“力”が関係しているんですよね。

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「凍りのくじら」とのリンク

「凍りのくじら」の登場人物も、何人か本作に登場しています。

まず、学校の音楽室を使っていて、クリスマスパーティーでピアノを弾きに来た「松永郁也」。
彼は、「凍りのくじら」に登場する、口のきけない男の子です。

ちなみに、松永くんは「ぼくのメジャースプーン」のピアノの発表会のシーンでも登場しています。

また、同じくクリスマスパーティーに現われた「松永郁也の身内」は
・写真を撮っていた髪の長い美人 →芦沢理帆子
・小柄な老婦人 →久島多恵
ですね。

椿(ふみちゃん)が理帆子や多恵さんと面識がある理由も、この作品で分かります。

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「スロウハイツの神様」とのリンク

いつか、あすな、河野が東京駅まで向かう車内で読んでいた本の作者は「チヨダ・コーキ」。
「スロウハイツの神様」に登場する千代田公輝の作品です。

まとめ

以上、辻村深月「名前探しの放課後」の感想・解説でした!

随所に張られた伏線が、ラストで一気に回収されるのが本当に気持ちいい…!

「ぼくのメジャースプーン」の登場人物たちが活躍しているのもいいですよね。
逆に言うと、読んでないとちょっと分かりにくい部分もあるんですが(笑)

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きらり
  • サイト「KIRARI」の中の人。
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